こんにちは!やましなおの整骨院です😊
3月3日といえば『ひな祭り』
桃の咲く時期であることから"桃の節句"とも呼ばれていますね🍑
女の子の成長を願うお祭りとして、広く知られている華やかな行事。
そんなひな祭りは、平安時代の京都からはじまったと言われています☝️
今回は、長い歴史をもつ『ひな祭り』の歴史をわかりやすく語ってみました!
ひな祭りの歴史には、とても重要な伝承があったりするので、ぜひ読んでみて下さいね😌
◯ひな祭りの起源
平安時代の京都が起源と伝えられるひな祭り🎎
現代でこそ、女の子の成長を願う華やかなイベントですが、そのはじまりには"親たちの切実な願い"が込められていたのです。
そもそも、平安時代の人たちにとって、子供を産むことは、非常にリスクの高いことでした。
さらに朝廷と豪族の争い、疫病(えきびょう)の流行などがたび重なり、子育ては常に死と隣り合わせ😓
子供が無事に成人できる割合は、5割にも満たなかったそうです。
今みたいに医学が発展していなかった平安時代では、出産のリスクや疫病の原因がサッパリわかりませんでした🤔
ですから出産死や病気は、"祟(たた)り神よる災い"だと思われていたのです。
そこで当時の人たちは、植物を使って人形を作り、その人形に願いを込めて川へと流したのでした👏
植物は神の力が宿るもので、川は穢(けが)れを祓(はら)ってくれる場所だと信じられていたからです。
子供の災難を流す目的で、はじまったこの行事を"ひな流し"と呼び、ひな祭りの起源へとなったわけですね🌿
◯ひな人形にまつわるお話
ひな流しの文化が徐々になくなり、豪華なひな人形が飾られるようになったのは、制作技術が発展した江戸時代以降の話。
ひな人形は元々、"形代(かたしろ)"と呼ばれる人の身代わりの役目を果たしていました🤔
つまり、ひな人形も災厄から子供を守ってくれる存在だったんですね。
・おだいり様とおひな様の配置
ひな壇の一番上にいる"おだいり様"と"おひな様"は、天皇と皇后を模しています🎎
ですから皇室の伝統にそって、おだいり様は向かって左側、おひな様は向かって右側に配置されているのが一般的ですよね。
しかし、明治時代までは逆の並びが高位とされていました☝️
古代の風習を大事にする地方では、その文化がそのまま残されていたりします。
特に京都のひな壇なんかは、おだいり様が向かって右側、おひな様は向かって左側に配置されていることが多いんですね😳
ひな飾りを楽しむだけでなく、ひな檀の配置に注目してみても面白いかもしれませんよ🎵
◯ひな流しは今でも存在する?
ひな祭りにひな流しをとり行う所は、実は今でも存在います。
関西でいえば、京都の"下鴨(しもがも)神社"が有名ですね✨
下鴨神社では、3月3日(水)の10時30分から"流しびな"が行われるみたいです。
平安時代の人たちの想いが、現代にも伝わっているなんて素敵ですよね🍀
お子様がいらっしゃる方は、子供の健やかな成長を願って、ひな流しを体験してみるとよいかもしれませんよ🌈
◯流し雛(下鴨神社)
住所:606-0807
開催期間:3月3日(水)
開催場所:御手洗川(境内)
受付時間:10:00〜
駐車場:有(有料)